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アムステルダムにあるスケートショップからBen G  からかっちょいいKIXXがボムられる!!!

Ben G x Nike SB Blazer Hi Premium






ソールも手を抜かないのがILLな所です。どうせなら友達がいてる間に出て欲しかったですけどねw

久々にビビっときました!!これはハントしなくちゃね!見かけた方はここにご一報くださるとありがたいっす!!

ちなみにココの店の紹介もしとかないと怒られちゃうなwww

外観はこんな感じです。

店内はこんな感じ


この時行った時はデラソールが売っていて一緒に行った子は二足買いしてました。Big up!!!


 amsterdam帰りのおかもっちゃんからお土産頂きました!!!

まずはエコバックからど〜〜〜〜ん

次にライター&アルミ缶オープナー ど〜〜〜〜ん

側面はこんな感じ!ど〜〜〜ん

最後は日本に入ってきてないキャップ!!!!ど〜〜〜〜〜ん


マジあがるぅぅぅ〜〜〜〜おかもっちゃんあんがとうやでぇ〜〜〜〜

飛行機手配からホテルの段取りまでやった甲斐があるってもんですぅ!!

エコバックは頼んでなかったしアムス土産じゃないものまで頂きマジあがるぅ〜〜〜〜

次におれに会った人はおれの右腕見てみなぁ〜〜絶対にいいなぁ〜〜〜と言いますからwww

Peace out







 懐かしい写真出てきたからUP!!!














がんちゃん元気してるんだろうかぁ???

それからアムステルダムのMYHOMEのトップスター猫”ホーミー”がこの世を去ったらしぃ。

う〜〜ん。朝から切ないっすね。。。。。。また会いたかったなぁ〜〜。。。。

タミコさん情報っす。She said......

朝からこの曲聴いたらアムステルダムに行った時の写真見たくなってみたら行きたくなった(笑)

かっちょええ〜〜〜〜聴いてミソ〜〜〜朝から20回は聴いてるwww

The Pharcyde - She Said



 ぼくのブログやツイッターの背景に使われてる×××ってなんだか知ってます??

あれはアムステルダムの市旗のマークから取ったものなんですが、


×にもきちんと意味があってそれがブログタイトルのSaltire(サルタイヤー)と呼ばれるものです。


サルタイアーは紋章学において、紋章のシールドの四隅にまでわたる斜めの十字又は

X字形の形のことを言います。

セント・アンドリュー・クロスとも呼ばれています。

十字架にも色々なものがあり、一番有名なのはラテン十字架とも呼ばれる、キリスト磔刑のときに使われた足の長い十字架。

それを逆さにしたものもあってペトロの十字架と言うんですが(今日ではアンチ・キリスト。悪魔崇拝などと関連づけられている)。

また、ギリシャ十字架は四辺が同じ長さのもの。

そして、アンデレの十字架と呼ばれるのはギリシャの十字架を45度回転させたもの、つまり「X」です

アンデレはキリストの12使徒の一人でペドロの弟で最後はこの×の十字架につるされたんですが、

のちにキリストに使えたものとしていろんな町の守護聖神としてたたえられている人なので

この×マークはよく見るんですね。

アムステルダムのマークは縦に三つ並んでますがこれにもきちんと意味があるんです。

アムステルダムが昔恐れていた洪水、火事、ペストこの三大災害から守ってもらうという意味で、

このマークになってるみたいです。確かにアムステルダムには古くからある木造建築がいっぱいあるし、

海抜0mの国っすから、今もダムでせき止めて水車が回ってないと沈むと言われる街ですからわかります。

なんとなしにかっこいいからという理由で使っていたけど調べてみると奥が深いしこのマークが

また好きになりました。


夜勤明けで目がさえてしまったのでぼくの好きなアーティストを紹介しやっす。

Piet Parra

独特のスタイルで今世界中から注目されている
アムステルダムを拠点に活動しているアーティストです。

父親が芸術家であったことで小さい頃から自然とアートが身についていったらすぃです。

今ではNIKE、ハイネケン、コカコーラ、ワーゲンなど大企業からもオファーが絶えず

自身がプロデュースするROCKWELLはアムステルダムを越えて世界中でコレクトされています。

ぼくが初めてParraの事を知ったのはこのKIXXを見た時にやべぇ〜って思って色々調べたのが最初です。




カラーリングがヤバいっしょ?

このクツを買おうとしたら値段が9万円もしてたんで結局買えなかったけど

確実にターニングポイントになったKIXXで買わなかった事を今でも後悔しています。。

この後悔があったせいでParraデザインの20万もするKIXX買ってしまったけど(笑)

えへっ(笑)

日本で今ほど知られる前からいろんな物を集めてたのでアムステルダムでゲットした物とか

家には結構レアな物もいっぱい持ってると自負しています。

今ではおれが着ている服やKIXXはほとんどがParraのデザインのものばかりです。

昨夜某百貨店の仕事でかっちょいいポスターフレーム見かけたんでちょいっと

作ってこのステッカーを飾りたいなぁと思っています。


まだまだあるんですがほんの一部。しかもシリアルナンバーとサイン入りやで(笑)

独特のデザインっしょ????

ハンドドローイングという手法で一筆描きに近い感覚でデザインする彼の作品は

カラフルな色使いでユーモアな言葉でデザインされています。

ちょいエロな感じもいいでしょ??

そこはおれと一緒っす(笑)

日本でも個展開かないかなぁ?東京でも絶対に観に行くんでそういう情報が入ったら教えてねん。

では最後に彼の紹介的なものがyoutubeにアップされていたんで観てミソ。

ROCKWELL clothing(http://www.rockwellclothing.com/)

Parra myspace(http://www.myspace.com/parrafromrockwell)

Parra soundsystem myspace(http://www.myspace.com/parrasoundsystem)

Le Le myspace(http://www.myspace.com/lelemusique)


 Patta Script t-shirt New colors


今回の色使いナイ〜〜〜ス!!!!

両方とも似合うKIXXがありま〜〜〜〜す!!!

早く来ないかなぁ〜〜〜

ワクワク!!ドキドキ!!

今年はPatta一色になりそうで〜〜す。

それもまたアリです。



最近ハマってるこの曲で終わりで〜〜〜す(笑)

GW前のイベントで観たエミマリアちゃんとジェイドの曲っす。

ビートはB.L間違いナイ〜〜〜〜〜ス。

おれはパイ乙でかい子苦手だけど、この子はアリ〜〜〜す。

ではではバスケ行ってきます。ちょり〜〜すぅ。







 Australian x Aux Raus x Patta “Aux Raussie” Tracksuit


なんともイナタイ90’sトラックジャケットです。




胸にはPattaのロゴ入りです。

欲しいなぁ。今月誕生日やったんで欲しいです(笑)

The HOUSEでも取り扱うんかな??


 昨日写真を整理してたらアムステルダムに行った時の懐かしの写真が出て来たので紹介。
























まだまだ一部に過ぎない。。。

街中がアートで詰まってます。電車なんかもっとすごいからね。

こんな街でParraが生まれてるッす。

毎晩凍えるような寒さの中いつも夜中カメラを片手に一人で撮り歩いていたもんなぁ。

今年の年末誰か一緒に行きませんか????

アムステルダムとバルセロナはおれと行けば100倍おもしろいっすよ(笑)

可愛いネイチャン居るとこも知ってるし、イケテルショップにサッカーも。

アムステルダムの裏の裏まで連れて行きますよぉ。



 ご指摘がありました”THE FLYING DUTCHMAN”のTシャツが再入荷しております。




色はグレーにウォッシュ加工が入っている白っぽい感じになっております。





将来アジア版EUが出来たとき日本もこういう時が必ず来る。 

2004年11月2日、オランダでイスラム系社会を批判する映画を作った、映画監督テオ・ファン・ゴッホ氏が、

モロッコ人に殺害された。 ゴッホ氏は、あの19世紀の画家ゴッホの遠縁。 (ここから転載)

「オランダのTheo van Gough(かのゴッホの兄弟の孫で、芸術家)の暗殺事件は、かなり根の深い問題で、

欧米ではこの暗殺事件がかなり注目されています。  英語、フランス新聞の記事をあつめるうちに、

「FrontPage」というアメリカ保守系論壇で重きをなす雑誌の論説が眼に留まった。読んで身震いしました。

 以下、重要箇所を意訳してみます。 「高名な映画監督Theo van Gough 暗殺は起こるべくして起こった事件である。

多文化共存=外国人移民に寛大な政策などとると大変なことになるということをオランダ政府は認めざるを得なかった。

そういう趣旨の政府報告書を発表したのである。  オランダのイスラム系移民人口は総人口の10%、百万人に達する。
 
彼らは、オランダ人とは融和せず、都市部に集中して群れを成してゲットーに居住する。

一種の国内の別国家のような生態を形成する。

モロッコ、トルコ系移民の二世はオランダ人とは結婚はせず、祖国から配偶者を見つけてくる。  

皮肉なことに、この多文化融合主義政策に政府が力を入れたことが逆にオランダ衰退の原因となっている。

理想の「完全社会」を目指して、ウーマン・リブ系の多文化融合主義者たちは

移入民の子女にはアラビア語で教育させるようにしたことである。最大の過ちは、その結果、

オランダ社会の中に別系統のイスラム系住民だけの民族分離主義 ethnic separatism がつくられてしまったことである。

彼らが群れを成して作るゲットーにオランダ人が足を入れようとするとイスラム系住民は

敵意を燃やして攻撃してくるという険悪な段階にまで達してしまった。

一つの国の中の二重の社会形成が進むにつれて、オランダ人のほうも不快感はつのり、

危険さえ感じるようになった。とくに新たに流入してイスラム系移民たちの暴力、

犯罪や組織犯罪が目立つようになってからこのことはひどくなった。  

この政府報告書は、国の分裂を防ぐためには、イスラム系移入民の集中居住地区を取り壊し、

彼らをオランダ人として教育、同化させる以外にはないと結論付けているとは言うものの、既に手遅れであろう。
 
 イスラム系居住地区を取り壊すといっても、それがサンフランシスコの中華街やNYのハーレムを

分解しようとするようなものでそんなことはいまさら不可能である。

さらに、素朴な多文化主義の連中はイスラム原理主義がオランダに来ても危険などほとんどないと思っている。

狼を危険な動物とは思わずに、羊小屋に引き入れるのと同じような認識でいることだ。

 モスレム人口の大半は60年代以降にオランダに入ってきたものである。 彼らは暴力的ではなかったが、

ヨーロッパでも一番自由にてリベラルなオランダの価値観を忌み嫌った。 彼らは、女性の権利、

言論の自由、同性愛、麻薬・覚醒剤などオランダ・リベラリズムを象徴する自由と権利を軽蔑した。

そして祖国の生活様式や信条のほうが価値あるものと信じている。

彼らは「腐敗した」オランダの文化・しきたりをshariaでイスラム風に変えたいと思ったが、

あくまで合法的かつ非暴力でその目的を達したいとは思っていた。イスラム系がみな破壊的だと言うようなことはない。
 
 より重要なことは、オランダ国家の存立そのもののために考えねばならない。

モスレム人口の中には必ず少数の「狂信的過激派」が混入していることである。
 
Theo van Gough を暗殺した犯人もその一人だが、

この犯人はオランダの社会システムをすべてイスラム教の神聖政治に切り替えることを夢見て暴力で、

残忍な殺害を犯したのである。それのみか、彼らはオランダ中の不信心人者を皆殺しにすべく、

地上の目的(注:「地球の終焉」ではないと解釈する)に向かって「聖戦」を仕掛けるとうのである。

オランダ政府は民族融和のために、モスクに資金援助などをしてきたが、そういうモスクの中では、

若者を徹底的に洗脳して命知らずの狂信派を育てて、自爆テロも躊躇しない人間爆弾を世に送り出してきたのである。

それもタテマエから仕方のないことであったかもしれないが、サウジアラビアはそんな連中を助ける愚は冒していない。

当然といえば当然だが。  印パ国境のカシミールなどの戦場に行けば、

そこでオランダのイスラム教徒が実際の訓練を受けているところを目撃できたという。

もっとも今すぐ彼らが大々的な聖戦テロを仕掛けるための訓練でオランダを離れるという段階ではない。

ただ 殺害された Theo van Gough の胸の上に短刀で刺し付けられていた手紙には

「これだけではない、もっと殺す!」と書いてあったのだ。

ヨーロッパ全域において「イスラム過激派軍」を組織しようとしているという兆候がある。

ある報告によると、ヨーロッパ在住の選ばれたモスレムがアフガニスタンで軍事訓練を受け、

帰国して国内のイスラム教徒に習得した技術を指導・伝授しているという。

彼らは東ヨーロッパの武器の闇市場で武器を調達し、人里離れた観光ゾートを借り切って軍事訓練をしている。

欧州全土に広がっている地下諜報戦争はまもなく熾烈を極めるものになるだろう。

Theo van Gough 暗殺はその第一撃だったのかもしれない。

このようなイスラム聖戦過激派はたぶんアイルランドのIRAスタイルのゲリラ戦の形をとるのではないか。

北アイルランドのカトリック教徒居住地区を基地とし、また隠れ家としてゲリラ戦を展開している

 あのIRAのような形である。  またこういう状況下にあって、オランダ人は法律の保護によって

自分の身を守れるかというとそうは思っていないようだ。ヨーロッパの他の国も同様だが、

この30年間に、サヨクイデオロギーによって法律そのものがねじ曲げられ、犯罪に対して寛大すぎて弱化し過ぎて、

法律によってイスラム過激派の危険に対抗するどころが、逆に法律が邪魔をしてイスラム過激派を助けているという面さえある。

たとえば、北米テロリスト・グループへの支援という罪状で逮捕された12名のイスラム系オランダ人は

有罪にはいたらずに釈放された。また2002年のパリのアメリカ大使館爆破計画で起訴された4人のイスラム系テロリストは

ロッテルダム法廷で無罪をかちとり、釈放された。

いずれも重箱の隅をつつくような法の条文の技術的な解釈によってそうなったのである。
 
ついこの二月にオランダ議会が不法入国者26,000人の国外追放決議を可決した。

しかし、彼らに航空代と小遣いを政府が支給してもそんなものは受け取らない、

強制帰国は人権侵害だと騒ぎ立てれば、打つ手なしだとオランダ法務省は認めている。

もはや不法入国者がオランダ市街を闊歩するのを阻止することはできない相談なのだ。
 
こういう状態を見てオランダの左翼の連中はどう思っているのだろう。

東ヨーロッパの共産主義崩壊の後のときのように沈黙を保つか、正直のところ彼らはどうしたらいいのか分からない。

分かるはずもない。
 
Theo van Gough を暗殺のあとオランダ人による報復的なモスク襲撃やモルレム学校放火の報道が飛び込んできたときもただ、

困った顔をして役に立たないしぐさを繰り返すのみである。  オランダ社会を観察してきた者のひとりは、

ヨーロッパの某新聞の記者の質問に対して、次のように答えている。
 
「Theo van Gough 暗殺事件以前に、オランダのエリートたちの国外脱出と資金の避難流出は既にひそかに始まっている。

”モロッコ人に対する恐怖(モロッコ人の与える脅威)”がそうさせるのである。

もしも事態が急速に制御不能のコースをたどれば、もっと多くの目先のきく「ネズミたち」は

沈み行くオランダ国という船を見捨てるに間違いない。何を隠そう、

この船の沈没の仕組みをつくった「ネズミたち」本人が逃げ出そうとしているのである。」

以上、http://www.melma.com/backnumber_45206_1459550/より抜粋転載。


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